人間を人間たらしめているものは、やっぱり芸術だと思う。芸術は感性の表出。色々な芸術論が出ているのでここでなんだかんだ言うつもりはないが、やはりひとこと言ってしまうと、一度芸術という形になってしまえば芸術は一人歩きをして作者の思いから離れていく。そして一つの作品から受け手の数だけ芸術が出来上がる。絵画は観者の一人一人の思いの中にその本質を沈め、音楽は絵画と違って弾き手の感受性をはっきりと表現する。ある意味音楽は、作者と演奏者の合作となる。

日本のガラス戸は何枚もの額縁
そういう意味ではシンガー・ソングライターは矛盾なく作者の意図が表現できるわけだ。絵画など作者が亡くなった途端、値が上がるという世俗的な現象が起きることがある。世に認められないまま亡くなった画家も多く、unfair(不公平)と昔は憤慨していたが、最近少し違った考え方をしている。「あの世では思い出してもらうことが大変な喜び」と聞いたことがあり、絵画や音楽を通して思われるのは本人にとって幸せなことなのだろうと思う。作者不明のものは?芸術家にとって作品は自分の一部なのだろうから作品が愛されること自体が作者の喜びになるだろう、とこんな風に考えるようになった私は成長したためか、老成したためか?私も何か本でも書いてみようかな。








夜はドリアン助川さんの「ブカレスト プノンペン チェルノブイリ フクシマ!」というタイトルでピクルス田村さんという若い青年と3時間近くぶっ通しで、リアルな写真を見せながら朗読と歌で語りかけてくれた。朝日新聞の人生相談で有名な方で、自作の詩も朗読も一つ一つ説得力があり、チェルノブイリ以外は自分で回っているので「現場の空気」をよく伝えてくれた。ある程度知っている、と思っていたのにそれが表面的であることがよくわかり、ライブの迫力と相まって衝撃的な感動だった。かなり深刻なテーマだったのに気持ちが暗くなることもなく、「現実」として受け止められたのは少し不思議な体験でもあった。