投稿者「貴如意」のアーカイブ

色々なこと

昨日はピアノのクラスコンサート。人数も増え、上手な方もたくさんいて充実した発表会だった。私は前半ずっこけて開き直り、それからはいつも以上に弾くことができた。(と自分を慰める)グランドピアノだと譜面が高くなり、一度見失うとわからなくなる。やはり暗譜が必要だけれど、若い時と違ってなかなか覚えることができない。晩年は音楽漬け、というのも楽しいかも。

中国の大気汚染。これは深刻に迷惑。原因がわかっているなら、これにこそ日本の技術を提供すればいいと思う。日本だって大変な公害を経験しているのだから対策は中国より持っているはず。大きな恩を売る機会なのに。そんなことを考える政治家はいないのかしら。

夕暮れのカフェから街を見る

カフェから夕暮れの街を見る

皆さん、カフェなどである高いスツールにご注意ください。端に座った友達が降りようとして、いつの間にか荷物を入れる籠が横に置かれていて、あっと思っても間に合わず、籠の持ち手の部分に足を引っ掛け大怪我しました。私も足が届かないってちょっと不安だなと思っていました。お大事に。

明日から9日まで修行のためこのサイトはお休みします。そこで気功的に収穫があれば又報告いたします。

時々ドキドキ

時々、勝手に師と思っている方のお話を聞きに行く。不思議な方でお会いする度に人が変わったように見えて、ひどい時は一講座の前半と後半で違う方に見えて「えっ」と思うことがある。けれど、こんなこと言うのは私一人。だから二重に不思議。

冬木立、冬を謳歌

冬木立、冬を謳歌

今日の講座は大変楽しく、何度も笑わせて頂いた。でも印象として何か寂しさというか孤高のようなものを感じた。人をいつも助けている方だけれど権威のあるところからの無理解もあるようで、聞いた私も虚しくなった。でも「控え」の話し。そこの神様まで同じことを思っているわけではなし。驕れる者が久しくないのはいつの時代でも真実。会場で若い友二人に会えた。私より若い上に年よりずっと若くみえて美人。これから当分毎月一回、この三人に会う予定がある。時々ドキドキできるのだ。

沢山の有難う

しばらく、夕暮れの木立シリーズ

しばらく、夕暮れの木立シリーズ

H電気のstaffの方の努力のお陰で、15年近く使って満身創痍の食洗機が、無事使える状態で帰ってきた。かなりの時間を、もう作っていない部品集めに費やしてくれたようだ。「後5年位使えますか?」と聞くと苦笑いして正直に「ちょっと無理かな」といわれてしまった。そうか、最晩年か、でもうちも家族が減っていくのでいなくなってもやっていけるかな、とちょっとしんみり。これからは食洗機用の洗剤の代わりに食器用洗剤で済ませる、ことをしないでちゃんと大切に扱います。

私のHPが刷新されてとても綺麗になった。自画自賛ではなくて一重にWeb designerの先生のお陰。写真、写真と言われてう~ん、やっぱり少し若い頃の写真を、と欲張っているうちに先生が大して美しく写ってない写真をupしてしまった。ま、いいか。また本物に近いのに(???)いれ変えよう。

 

 

なかなかいい一日

今日は本当に久し振りに、電車に乗ってどこかに行く用事がない日だった。嬉しいな、嬉しいなと思っていたら、国立気功教室に行きましょう、と言ってくれる人が男女一人ずつ現れて、これで五人になった。行きたいけど予定がまだわからない、という方がお二人。習いたいと言っていたのにまだ声をかけてない方達が四、五人いる。12人定員、飛び込み二人まで、と考えているのでチラシはとりあえず2月中頃から様子を見ながら配ることにした。

私の好きな冬景色

私の好きな冬景色

責任重大。教える方はたった一人なので、言い逃れはできない。勿論、家元にも教祖にもなるつもりはない。それどころかグループは作っても組織も作らない。組織を作ると何よりも組織の方が大事になってしまうことがあるから。一人一人が使える気を出し、できたら自分の居場所で周り、地域に気功を通して貢献してほしい。そして目に見えない世界にも興味をもってほしい。この初心は絶対に変えない。

色々なlicense

私が学生の時は花嫁修業という言葉がまだ実質を持っていて、母は張り切って私と姉にお茶、お花を習わせた。面白くて表と草月の最初の師範まで拾得したが、その先の家元近くの師範までがひたすら金銭的に遠く、そのせいか母は始めの師範を取ると何も言わなくなってしまった。着物の着付けも然り。でこの三つは生活に役には立つが、資格としてはB級ライセンス化している。

駅の風景

駅の風景

他、パンの先生、車の免許(これが一番使っている)等とり、最近は国内旅行業主任をとった。美術専門の旅行業を夢見たのだが資格を出してくれた協会に「どうやって旅行業を始めるんですか?」と聞いたら、「旅行会社のスタッフを引き抜いてきたら?」と言われ、これは相当の覚悟と資金がいるな、と始めて思い知った。色々なlicenseを持ったが、licenseがでない気功師として仕事をしていくことになるとは思いもよらなかった。

 

 

 

忙しい日曜日

今日は息つく暇がないほど忙しい日曜日だった。午前中は先生から言われて固定pageの見直し。お昼のラーメンを作ってピアノを弾いていたら電話があり、夜8時から気功ヒーリングの受け入れを決め、母の所へ行ったら既に食事中で一時間程部屋で待機。その間持っていった服の名前付けと服の整理。帰って猛スピードで夕食の用意。少しの間でもピアノを弾いてから駅に迎えに車を走らせ、これもすごい勢いで気功ヒーリング。

一月ももうすぐ終わり。早い、早過ぎる。

一月ももうすぐ終わり。早い、早過ぎる。

帰られて、電話で埼玉の友達と話をした後気が抜けて、いつも楽しみにしている番組を見忘れる。(涙)今気功のこと始めてよかった。10年後に、この気力と体力が残っている自信は全くない。大分落ち着いてきた母を見ると、何もかも人任せの生活も悪くないかも、と思ってしまう私はきっと少し疲れ気味。

4月からの国立教室に向けて

とりあえず国立教室の日を四月から第二、第四で抑えようかと思っている。(詳しくはWhat’s New のページが後日このページでも)美容室のお兄さん二人にお知らせに行き、気持ちよく了承して下さった。これでスタジオで三時間一人でピアノを弾く可能性はなくなった。(残念?)12人がmax. ピアノを設置しなければ後二人位は増やしてもいいけれど個人指導も入るのでそれ以上は無理。

好きな景色(昭和記念公園)

好きな景色(昭和記念公園)

あとは生徒募集の努力だけ。若い方にも主婦の方にも、retireして「時間」という資産を持っている方にもどんどん覚えて頂きたい。でもどちらかと言うと今は「少数精鋭」で行きたいので教室としては昭島と国立のみ。あとは企業も考えている。昭島の方、今回国立に来て頂く方は第一期生になるので私も力がはいり、生徒の方も何かとお得だと思います。

 

助けてくれる人達

気功で人の役にたてないか、と考え始めてからかえって色々な人達に助けて頂いている。ボーナスを破格にくれる外資系企業に勤めていた頃は、不思議なことに、「助けてもらっている」という感覚は全くなかった。可愛がってくれる方はいた。楽しい仲間もいた。でも仕事が遅れて次に回す所に迷惑がかかる、ということが起きないようにするのが精一杯だった。

これも冬木立

これも冬木立

今はマニュアルがなく手探りなので、smoothにstraightというわけにはいかないが乗り越えられない壁のところで不思議とhelpが入る。周囲の愛にも感謝だし、大きな導きも同時に感じる。あとは私がこつこつ、ひたひた、ねちねちと頑張るだけ。なんか怖い文章になってきたので、もう寝ます。お休みなさい。

さー、いよいよ本腰を

午後、この前行ったスタジオにもう一度行って、仮予約を四月火曜日の午前で二回入れてきた。On second thought, いつも午前ではなくて午後とか夕方(三時から五時半)も入れた方が色々な方が来られるかもしれない、とか曜日もいつも火曜日でなくていいかな、とまだまだ定まらない。

勝手にメディアライブラリに入っていた写真

勝手にメディアライブラリに入っていた写真

三人位は「行くよ」と言ってくれてはいるものの蓋を開けてみたら、どなたもいらっしゃらなかったという事態も考えられる。そこで思い切ってピアノをそこで借りることにした。ピアノは何時間弾いていてもあきない。私の好きなベヒシュタインではないけれどグランドピアノなのでいいことにしよう。月3.5から6万円の家賃を払わなければ気功する場所が確保できないか、と悩んでいたことを考えると、このくらいはなんとかなるさー。(多分)

 

昨日の続きの話

日本庭園の散歩道

日本庭園の散歩道

ところで人生を楽しむ方法は他にもある。自分だけが楽しむのもいいけれど、自分が持っているものを人様のために役立てる、これも幸せの輪が広がりお互いにhappyな気持ちを共有できる。。。。。。つまり気功もそのうちの一つで是非皆さんにも覚えて欲しい、という宣伝でした。一度覚えたら一生役に立つのでreasonableなことこの上ない、と付け加えておきます。

今日は久しぶりに着物でお出かけして、お友達のうちに行った。着付けの復習に行ったのだけれど、話すことは「老後をどうするか」ということばかり。(極めて現実的)那覇はどうも老人ホームが安いので、みんなで行こうか、という話しになった。「でも子供が会いにくるのが遠くて可哀想」とすっかりその気になっている。まだまだ遠い話し。(でもなかったりして)