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最近起きた不思議な話・三つの二つ目の巻

今日は数字にまつわる話です。この度、商標登録を取りました。気功の道具に使っている「御気棒」に対する商標で、「KIRAKU」と名づけました。商標登録鉦が届いて少し驚いたのは、「指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分」というお役所らしい長ったらしい項のところで、第10類 患者の患部に直接使用する気功治療用治療器 と今まで禁句と思っていた”患者”、”治療”という言葉が入っていたことです。えっ、いいんだ、何しろ特許庁長官のお墨付きだから、と私は素直に喜びました。

さて、次は不思議なお話。クラスの方に貼っていただく商標登録のラベルを持って行ったのだが、あまり文字が小さくて見にくいので、商標登録鉦を持っていった。クラスが始まる前、クラス費を頂いている時、一人の方が「先生、これからは853という数字がすごくいいんです。友達が言ってました。だから先生に853の入った千円札をお支払いします。この数字はばらばらでも入ってさえいれば、順番も違ってもいいんです。エンジェル・ナンバーにも書いてあります。」と親切におっしゃってくれた。ふ~ん、853なんだと思って次々にくる方にもその話を教えたりしていた。

夜の風景(1) あまりお月様が幻想的だったので、思わず撮った一枚

夜の風景(1)
あまりお月様が幻想的だったので、思わず撮った一枚

ふっと、商標登録の番号はいくつだったかな、と思い、カバンから出して見てみた。あっ、5と8はあるある、と思って次の瞬間「うっそ~!!!」と大きな声をあげた。7桁の内、最後の4桁が0853だった。本当にびっくりした。男性が「神がかってますね。」と言った。帰宅してからどういう意味を持つ数字だろう、と調べたら、霊界にいる上の方達と繫がることができるナンバー、と書いてあった。この数字は私だけのものではなくて、ラベルを貼った御気棒を持つ全ての人達のものなので、そういう意味でも大変うれしいできごとだった。

で終わるところだが、実はこの話は後日談がある。私はお金を一度に出さずに大体10日間使うくらいと考えておろすのだが、その日からATMからおろすお金全てに853が(数字はばらばらだけれど)つく事態になった。三回続けてそうだった。何だか最後は怖くなって、「神様、もういいです。助けてくださるのはよくわかりました。感謝します。」と思った途端、今度は853が揃ったお札は一切出なくなった。嘘のような本当の話で、853が入った6枚のお札を揃えてクラスのヒーリングにいらした方に証拠として見ていただいた。このことも一つの励ましと思って、精進しようと思います。情報をくれて、ラッキーなお札を渡して下さったHさんに本当に感謝です。

最近起きた不思議な話・三つの一つ目の巻

私が学んだ霊格を上げる方法(2)を今日は書こうと思っていたのだけれど、忘れる前に書いておいた方がいいことが起こってしまったので、こちらを優先します。

一つ目は日曜日の気功クラスの話。いつものスタジオが使えず、商工会議所の大きめの部屋で行なった。午前中のクラスで日の加減もよかったのか、部屋の奥に置いてあった白いボードに自分の影が映っているのをみつけた。その時皆さんは各自、気を出す動作をしてて、私も呼吸法をしながら偶然影を見つけたのだった。ガラスを通しているので、くっきりというわけではないが、黒い上半身がボードに映っている。ふと、気が出ている手はどんな風に映るんだろう?と思った。手を動かして確かめると影は動くのだが、何か変だ。すごく薄い。

案山子を撮りたかったのだけれど。。。技術が拙い。

案山子を撮りたかったのだけれど。。。技術が拙い。

えっ?と思ってなおも手を動かしていると、他の方も気がついて「先生、何やっているんですか?」と集まってきた。「見て。気が出ている手の陰がすごく薄い。」というと「あっ、本当だ。」と言って皆さん自分の手の影を映し出した。中には手だけほとんど見えない人もいた。「これは透明人間だ。どうしてこうなるんですか?」と聞く人がいたので、「自動車で霧の中を行くと、視界が悪くて怖いでしょう?それと同じで、手を気が覆って(光が乱反射してしまうから)影が映らないんじゃないかな?」と答えたが、本当のところはよくわからない。しかもその時は()の部分を省略してしまったので、多分皆さん、あまり納得しないまま授業に入ってしまった。(別に科学の授業ではないので、いいとした)

今まで商工会議所で行なった時もあったが、部屋に日が差し込む窓がなかったので始めての経験だった。雨が続いて久しぶりに晴れた日でもあった。条件を上の方が設定して下さったのかしら。私は20年近く気功師をしているが、本当に良く新しい不思議なことに出会う。その度に、これだから気功師は面白くて辞められないね、と思う。そして私の守護霊か指導霊か、ひょっとしたらスピリチュアル・ドクターが、なかなか認知されない気功を一生懸命関わっている私や、忍耐強くクラスに通ってくださる皆さんに対する応援かなと思ったりする。間違っても低級霊のイタズラではないと私は信じる。

 

(私が学んだ)霊格を上げる方法(1)

気功師をしながら、スピリチュアリズムを勉強していて、わかったこと、今の時点で私なりに理解したことを書いておこうと思う。まず、なんで自分がこうして生きて、ここにいるんだろうと人なら必ず考えると思うのだが、(私も幼稚園の時から不思議だった)私は以下のことを学んだ。現在は、生前から死後までずーっと続く魂の履歴のほんの一時であること。全てが魂の向上を目指す壮大な計画の、自分も一部であること。そして、この世はそのために魂を磨く磨き砂が(あり難いことに)あふれていること。磨き砂は合わない他人であったり、劣悪な環境だったり、病気、事故と普通には不幸と考えられるものだったりする。それを磨き砂にするか、挫折の原因にしてしまうかで、その後の人生の明暗を分ける。

ピアノの発表会でいただきました。いつまでも美しく咲いています。

ピアノの発表会でいただきました。いつまでも美しく咲いています。

理不尽だらけの世の中だけれど、「天網かいかい、疎にして漏らさず」という言葉がある。老子の言葉で、「悪いことをした者を、天は決して見逃さない」という意味だ。日本にも「お天道様は見ている」という言葉がある。意味はほとんど同じである。英語でもこんな言葉を見つけた。「Heaven’s vengeance is slow, but sure. (天罰はすぐにはこないが、必ず来るものだ)」 こうしてみると、悪事する者には天罰があるというのは、古今東西、普遍的な事実として受け止められていたのだろう。

しかし、私は悪いことばかりではなく善行も天は見逃さないだろうと思う。スピリチュアリズムは「天罰」というよりも、良いことも悪いこともしたことは全て自分にかえってくるという考え方をする。(カルマの法則)でも時代によって「良いこと」「悪いこと」の基準は違ってくる。部族間の闘争とか戦争中は人を沢山殺した人が英雄だったりするように。では人は何に善行の基準を見出せばよいか?(2に続く)

 

 

人生の点と線(2)

ここからは又、スピリチュアリズムの知識だが、最後の点=死の時点の霊格で、波長の法則であの世に平行移動する。私的表現では縦軸の同じ座標に平行移動する。そこでは、同じ波長を持った者が集まっているので、あの世で住みやすいか住みにくいかは、それこそあなた次第、ということになる。

遂に掲載する写真が尽きた。母の大きな目が好きで四角い輪郭は嫌いだったが、目は似なくて、輪郭だけ似てしまった。

遂に掲載する写真が尽きた。母の大きな目が好きで四角い輪郭は嫌いだったが、目は似なくて、輪郭だけ似てしまった。

それでは散々悪いことをしておいて、最後だけ悟りを開いて霊格を上げればいいかというと、どうも、そうは問屋がおろさないわけで(古い表現だけれど、他に言い換えできない)あの世でじっくりしなければいけないことは、この世で生きた自分の軌跡をしっかり検証することらしい。つまり、それを行なった動機と共に自分で描いた線を見つめ、反省しなければいけないようだ。その時には「しまった。せっかく霊格を高めるために生まれたのに、やってしまった。勿体無い事をした」という忸怩たる思いもするという。

そういうことがない様に、今からでもできたら一直線に、縦軸の上を目指したい。もう人生の2/3は過ぎてしまったので、少々あせる思いがあるが、なんだか闇が段々濃くなってきた世の中。この中でしっかりと、ともし火となり、霊格向上を願う人達と周りを照らしながら上を目指そうと考えている。

追記:人生の点と線(1)(2)は、あくまで自分が今まで学んできたものを基に「私はこう考    える」ということを書いたもので、絶対的なものではありません。もし、間違ってい     た、という所がわかれば、今後訂正いたします。あしからずご了承ください。

人生の点と線(1)

何度か書いたと思うけれど、スピリチュアル・ヒーリングなるものがあって、(一番初めに行なったのはイエス・キリスト)これと比べると中途半端に遠隔診断・ヒーリングをしている私にとっては目標の一つになる。遠隔を気功の一部と思ってやっていたが、ある方に言わせると私の遠隔は気功でもスピリチュアル・ヒーリングでもなく、念力の一種だろう、ということだった。スピリチュアル・ヒーリングを行なうには、どうも天上の方に、私を「使える」と思われることが必要で、それにはまず、スピリチュアルな世界を知ることが必要と思い勉強している。

と前書きが長くなったが、勉強している中で、「宿命」と「運命」という言葉に出会った。「宿命」は自分で変えられないもの、生まれてきた国、地域、家庭、性別で、「運命」は自分で築いていくもの、それは始めから決められているわけではなく、努力次第で違った道が開ける、とここまでは良くわかった。でももう少し学ぶと、どうやら生まれてくる前に大きな病気や事件、死ぬ時や死に方も決めてくるらしい。なんだ、ではどうあがいても、やっぱり人生の大事なことはほとんど決まってるんじゃん、と思った。思ったがスピリチュアリズム自体は深いので魅力があり、勉強し続けた。

 

京都の現代的作庭。石の配置に美を見出す民族もあまりいないのではないのだろうか?

京都の現代的作庭。石の配置に美を見出す民族もあまりいないのではないのだろうか?

すると最近、次のようなことが閃いた。生まれてくる前に自分が守護霊や、高級霊と話し合って(口があるわけではないので、正確には通信し合って)生き死にと大きな事を決めてくる。何の為?これはひたすら、自分の人格=霊格を磨くためらしい。この世で自分の弱さや欠点をみつめ、改善、克服するため。ここまでは、スピリチュアリズムから得た知識である。ここからは私の考えだが、では「運命」はどこでどうやって働くのだろう。思うに、生まれた所を点として、これは自分の努力では如何ともし難いので固定した点と考える。後の点(大きな病気、事件)は移動可能と考える。その間をつなぐ線が運命だ。縦軸は霊格向上の指標、横軸は時間の経過。自我が芽生えた頃から自分と周囲の葛藤が始まり、でも幼いなりに我慢したり努力して霊格が上がっている。決めた点はどこでくるかわからないが、やってくる。その後、自分が意図した通り、そのことによって何かに目覚めて霊格を上げるか、反対に負けて下げてしまうのかは本人次第。点と点を繋ぐのは直線とは限らない。ほとんどは曲線だろう。最後の点は終着駅=死であるが、この点が縦軸の上にくるか、下にくるかは、その人次第ということになる。生まれた時より最後の点が下になってしまう人もいるだろう。

時について

建物の玄関で見かけた花。花はどこにあってもそこに花を添える。

建物の玄関で見かけた花。花はどこにあってもそこに花を添える。

人生はよく「旅」に例えられる。電車に乗って外の風景を見ているうちに、時間と人生について考えた。何もしないでぼんやりしていても、時間は過ぎていく。時間は窓の外を過ぎ行く風景だ。変わっていく社会の状況かもしれない。人生はいつも電車に乗っているわけではないが、自分は座っていることしかできなくて、ただただ時間だけが過ぎていく。そんな時もあるだろう。そういう時はゆっくり座って風景を眺めるか、或いは居眠りするのもいいかもしれない。目的の駅に着いたら、電車を降りてまた元気に歩き出そう。或いはそのまま「死」という終着駅に着くかもしれない。それでもいいではないか?人生を生き抜いたのであれば。考え方を変えれば、何もしなくても電車という時が私達を運んでくれるのは「生き抜く」ということを目的とするならば、一つの救いだろう。もし電車の中で、色々なことを考えることができたら、それは後で大きな実りになるかもしれない。引きこもっている方達やフリーズしている方達もこんな風に見方を変えて、人生を乗り切ってほしい。

前に書いたかもしれないが、もう8月にクラスの忘年会の計画を立てて、クラスの予約を入れなければならなかった。予約を入れた途端、なんだか12月が急に現実的になり、思わず「え~、もう今年、終わっちゃうじゃない。早すぎる~。」と嘆いたら、「冨田さん、予約ですから。」と慰めてくれた。でも書類を見ていたその方は次の瞬間、「あっ、もう1月の予約が出来ますけれど、どうします?」と言ってきた。Time flies! (光陰矢の如し)

たまには気功の話

承諾を頂いたので、Tさんの話を書いておこうと思う。ある日、女性からお電話がかかり気功体験の申し込みをされた。クラスに来て頂くと、「変形性関節炎」で手の指が左右何本か1.5倍くらいに腫れ上がっていた。二年近く痛みで苦しまれていたようだ。西洋医学も試したことを確かめてから、ヒーリングにかかった。

京都北山会館のお花

京都北山会館のお花

まず、邪気の有無を確かめる。(気功にとって邪気は希望と、いつも言っている。痛いところ、悪いところから、邪気が出ていなければ御気棒で出すことになるが、それでも出てこなければヒーリングが難しくなるから) 幸いなことにうっすら全体的に出ている。元をたどっていくと、肩甲骨の上まできた。そこを源として、ヒーリングを開始すると同時に何よりも痛みを取るのが先決なので、指を細かく御気棒を当てていく。

普段であれば頼りになるクラス生に実習のためお任せするけれど、この方はまず私がした方がいいと判断してどんどん進めた。その方は始めての気功ヒーリングだったので、「陽転反応」がかなり出ると思い、クラスをしながら陽転反応の説明もした。

次のクラスにいらした時、(正直、来て下さってほっとした)「気功ってすごい。気って何ですか?痛みがすごく取れて、指も曲がるようになりました。」と言って下さった。やはり大変な陽転反応が出て、余計指が痛くなったり、全身に発疹が出たりしたそうだ。良く陽転反応に耐えてくださった、と思わず感謝した。と言うのも、過去に二人程、陽転反応に驚いて途中でやめてしまった方もいたので。。。

「本当、指を切り落としたいと思った程痛かったのに、気功ってすごいですね。」ともおっしゃって下さったので、もう大丈夫と二回目からは交代でベテランの方にお任せした。さすが、我がクラスの生徒、きちんとヒーリングして下さりその後順調な経過をたどっている(生徒とクラスの内容と技術の自慢)

鳥居の上に天狗の顔が現れていると言われている所

鳥居の上に天狗の顔が現れていると言われている所

多分ご本人は気がついてらっしゃらないけれど、始めの暗いオーラが(私は見えないけれど、皮膚感覚でわかることはよくある)明るく活発なものになっている。初めの暗い声は痛みのせいだったのかと今は理解できる。本来は明るくて、自分で道を切り開いていくことができる元気な方とお見受けした。気功ではウィルスや細菌は殺せないし、手術のようなこともできないけれど、「得意分野」の中に「痛み」も入っている。これから医療格差が広がるといわれている中、世の皆さんに気功が如何に役にたつかを広く知っていただきたいと思う。(と、今日は真面目に締めくくります)

 

 

ある出会い(2)

もう一つ不思議な話を書いておこう。友達と京都の伏見稲荷に行った時のこと。京都伏見稲荷は現在、外国人の旅行者に人気ナンバー1のところだ。私は途中まで行ったことがあったけれど、友達が行ったことがないというので、一緒に稲荷山の上まで行くことにした。

長い長い階段を経て途中の茶屋で休みながら奥の院に着いた。そこでは観光気分の外国人の方が大勢いて、水分補給をしたり写真を取り合ったりしていた。伏見稲荷は「お狐様」が祀られている。『ある出会い(1)』で書いた自然霊の神様で、低級自然霊とは対極にある高級自然霊の神様である。何でも、日本では祀ってある神様の中で数ではダントツトップを誇るのは「稲荷神社」らしいが、それらを束ねる最高峰の神様だ。

今にしてみれば、ちゃんと真摯な気持ちで向き合わなければいけなかった。降ったり止んだりの天気の中、やっと辿り着いた安堵感と周りの雰囲気で、奥の院にお参りしたものの多分気持ちが入ってなかったのだろうと思う。

山に咲いている紫陽花(季節はずれでごめんなさい。京都に行ったのは六月でした。)

山に咲いている紫陽花(季節はずれでごめんなさい。京都に行ったのは六月でした。)

帰ろう、ということで私が先に立って階段を降り始めた。と、ぱたぱたという大きな足音が聞こえた。ああ、私よりも8歳も年上の方で、さすがにお疲れになったなと思った。後ろを振り返ったけれど、その方以外誰もいない。暫くして遂に私は「やっぱり疲れたよね。すごく大きな足音ね。」と言った。するとその方は「あら、失礼ね。私スニーカーはいてきたのよ。足音なんかするわけないじゃない。」と憮然としている。「えっ!うそ~、さっきからぱたぱたぱたぱた、聞こえるわよ。」と言うと、それでは友達が前を歩こうということになった。音は続いている。右側が草地になっている所に出た。すると、まるでそこを獣が走るような「ザワザワザワ~」という音が聞こえた。「今の聞こえた?」と言うと、「ううん、全然。」と言う。歩き続けると、今度は右後方に明らかに人(?)の気配が。ただ振り返っても何も見えない。そこで彼女にとうとう言った。「何か私について来てしまったみたい。」すると彼女も「実は私もそう思っていたところなの。途中勧請されている神社に(小さい造りだが全国の有名な神様が祀られている)お願いしてお帰り頂いたらどうかしら。」それがいい、いやそれしかない、一番初めに出会った神社で、ということになり少し下ると「伊勢神宮」が勧請されていた。天照大神が主神で、私の知る限り最高神なので、本当にほっとして、今日ここにお参りできたことを感謝し、奥の院で心が入ってないお参りを謝った上で「私の気持ちのゆるみから、ついて来たものがいます。どうぞここで帰られるよう、お諭しください。」と心をこめてお願いした。友達も一緒に祈ってくれた。

 

京都の一角。こんな所にも京都らしさが。

京都の一角。こんな所にも京都らしさが。

こういうのを本当に霊験あらたかと言うのだろう。それからは足音も気配もぴたりと止んだ。後から考えて二つのことを思った。一つは神に向かい合う時の自分の気持ちがいかに大切か、せっかく苦労して上っても、いつもの様にしっかり気を入れてなかった。勉強して知ったのだけれど、高級な神様の所には助けを求める人間ばかりではなく、不満?を持っている低級霊も高級霊を頼って集まってくるそうだ。全国には祀って願い事を叶えてもらった後は平気で打ち捨てている「お狐様」の社が沢山あるようだ。するとそういう「お狐様」は、ぐれてしまって低級化し、そうなると故郷である例えば、伏見稲荷のところにも帰れなくなるという。そういう「お狐様」が中途半端な気持ちの私に目をつけたのかもしれない。

それからもう一つ。実は前回書いた新聞の写真を、友達に見てもらおうとリュックの後ろのポケットに入れておいた。この低級霊が写っている(と私が感じた)写真そのものに反応したのかもしれない。(写真を暫く見ていると気分が悪くなるので見せた後は燃やそうと思っていたのだが)二日間の旅行で、見せることを忘れ、帰ってから「見たら燃やしてね。」とお願いして友達にスピリチュアルな本と一緒に送った。(友達が、私とある程度世界を共有している方でよかった。)怪しいものは持ち歩かない方がいいし、だからお守りもちゃんと持ち歩く意味があるという大事な教訓を私に残してくれた「出来事」だった。

ある出会い(1)

「黄色い花」は夏の象徴。近所の道端から。

「黄色い花」は夏の象徴。近所の道端から。

私は気功師なので、目に見えないものを信じている。どうせならもっと学ぼうとスピリチュアリズムを学んだり、アラン・カーデックの「霊の書」などを読んでいる。その中で「低級自然霊」という言葉を目にした。「自然霊」とはこの世に生を受けたことがない霊で「お狐様」「竜神」「天狗」などが良く知られている。「低級」がつくと、どうやら人に害を及ぼすらしい。勿論「高級自然霊」も存在する訳で、要するに人間と同じ様に波長の高いものから低いものまでいる、ということらしい。でも何かぴんとこなかった。

四月中旬に熊本地震が起きた。被害状況を心配しているある日、少し離れた机の上に置いてあった新聞に、奇妙な写真が写っているのに気がついた。土の中から出てきた龍の化け物、の様に見えた。不思議に思って近づくと、写真の横に「阿蘇大橋の近くの土砂崩れ」と説明があった。首、目、角もあるように見えた龍のお化けは「土砂崩れの跡」であった。一面をめくって二面を見るともっと驚いた。龍のお化けが出てきた所と同じ所から横に青虫と蛇を合わせた様な、なんとも奇怪な生き物が這い出している。ぼんやりと「そう言えば、熊本地震は大きな揺れが二回あったな。」と思った。

次の瞬間、「これが低級自然霊?!!!」とはっとした。多くの方に見てもらったが、ほとんどの方が認めてくれた。私の次の課題は、どうしてこの様な低級自然霊が生まれなければならなかったのか、ということだ。人間の、自然を粗末にする念がうみだしたのだろうか?今は「科学的に」証明できるものではないが、スピリチュアルの世界に真理は存在する、と確信している。続けてスピリチュアルな世界を探求していこうと思っている。

追記:写真が載っていた新聞は4/16、読売新聞夕刊

楽しい会話

母のいる施設に行くと、たまに楽しいことがある。他の入居者の方と会話できた時である。先日行くと新しく入ってきた方で、クレーマーっぽい女性がいらした。例えばおやつの時間、母は要介護5なので、どうしても全てゼリー状になる。その方は結構お元気なので普通のカステラだった。母のゼリーを見つけると「私もゼリーが良かった。選択できるなら、どうして前もって教えてくれないの?不親切じゃない。」と怒り始めた。私や職員の方が説明しても、聞き入れない。私はほうほうの体で逃げ帰ってきた。

しばらくして行った時、かの人はなんと母の隣に座っていた。一瞬怖気づいたが、「理解されるより理解することを」と思い、お話することにした。しかし今度は母の前に座っている方が私をじっと見て「毎日来てる」と大声をあげた。これも事実と違うので、少したじろいだが、すぐお近くにいた職員の方が「どなたが毎日いらしてるんですか?」と話しかけてくれたので、とりあえず母の隣の方とお話することにした。話してみるとその方は、母より一つだけ年下だった。とてもしっかりなさった方で、この人(母のこと)はいつも車椅子なのか、とか話はしないのか、とか母に何があったのかという様なことを聞いてくる。いい機会だと、わかってもわからなくても少し専門的な以下の会話をした。

クラスの方から頂いたお花。美しいお花と芳香が幸せな空気を作ってくれた。

クラスの方から頂いたお花。美しいお花と芳香が幸せな空気を作ってくれた。

「母は自分の家で、左側の脳に出血して倒れたんです。父が暫く気がつかなかったので、多量に出血をして当時は生きるか死ぬかでした。」「あんたは気がつかなかったの?」「毎日来てる。」「私の家は実家から一時間半以上、車で行っても電車で行ってもかかるし、でも前から『台所は温度差があるから危ない。』と言ってたんですけどね。」「毎日来てる。」「何もできないの?車椅子には座ってるわね。」「ええ。不幸なことに左脳だったので、右手が使えなくなって。。。」「ああ、脳と体は左右反対に出るんだわよね。」「よくご存知ですね。それから言語野という言語を司る所も母は左にあったので、言葉も出なくなり、こちらの言葉も理解が困難になりました。」「毎日来てる、毎日来てる。」「でもここに来てたべてるじゃない。」「ええ、お陰様でリハビリで左手で何とか食べれるようになりました。」「毎日来てる。」と合いの手が頻繁になってきたが、負けずに話す。「うちの母は四年前に倒れたのですよ。お宅様はお元気でお話できるし、羨ましいです。」と言ったら、その方は少し悪そうなお顔をなさった。本当はやさしい方なのだろう。

「毎日来てる。」と前の方の声が大きくなってきたので、もはや無視もできず、「私はここは近いので毎日来たいのですが、今週になって今日が始めてですよ。」それでも私を睨みつけるように「毎日来てる。」  と、母が顔をしかめて私に「帰れ。」と手を振った。ここが潮時かな、と思い「私は毎日は来てはいませんが、いつも母のことを心配しているので私の生霊は毎日来ているかもしれません。」と大声で返してその場を後にした。職員さん達の笑い声を背に聞きながら。