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料理の話

ここに来て気がついたのですが、私は相当食いしん坊で、普通一人だと食生活は家族がいる時よりも簡単になるようですが、全くその気配はなく、以前と同じように作っています。→もう少し痩せると思ったら、その気配も無い。(涙)

ある日の夕食メニュー:ごはん(少なめ)ほうれん草のおひたし(多め)、スープ(ベーコン、レタス、玉ねぎ、人参、子ネギ、えのき、コンソメ)、鮭のみりん漬け(買い置き)、サラダ(ブロッコリー、プチトマト、マヨネーズプラス醤油味)ニラとひき肉、もやしの炒め物(にんにくと塩、コショウ味)ほうれん草とキノコの白和え(かってきたお惣菜)梅干(蒲郡の方から頂いた物、今まで食べた中で一番おいしい梅干)この中では、梅干以外に特に「おいしい!!」と思えたのはスープだった。生活クラブのベーコンで先に野菜を炒めたのが良かったかも。こくがあり、なんとも言えない旨味が出ていた。カロリーが高いものはそんなに無くても、量を食べれば体重は減りませんね。(again namida)

孫達が来た時の夕食。ANAのマイルPで取り寄せたうなぎやお肉を出したけれど、孫がおかわりを連発したのはお味噌汁だった。

お料理をおいしくするこつは、勿論、素材の吟味と素材に合った料理法だけれど、昔の方が出汁になる材料がおいしかった様な気がする。日本の環境の悪化は異常な暑さは毎夏だけれど、空気の悪さと出汁や醤油の旨味の無さに感じる。以前は出汁は有名なところの物を使わなくても、鰹節や昆布、小魚から普通に作れた。今はおいしいお味噌汁を作ろうと思うと、最低二種類の出汁がいる。(ただ単に、私の腕の問題であればいいんだけれど。)

ま、とにかくそれでも、食を大切にする、大切にできる余裕のある国に生まれてきて良かった、と料理を作りながら感謝する毎日です。

コロナ禍プラス地震?

コロナが日本では、収まりそうな気配ではあるが、気になるのはこのところ関東で頻繁に起きている地震。どこだったか覚えていないけれど、大雨が降り避難警告が出たにもかかわらず、コロナ感染が怖くて避難してきた人はたった一人だったとか。確かに避難所は三密になるので、当然の結果であるけれど、こういう事態になることを自治体は早めに考えておいた方がいいと思う。以前にも書いたけれど、政治家に必要なことは先に見通すこと、と政策を着実に実行にうつすことでしょう。そのための権限だから、本当に早め早めにお願いしたい。

水と太陽はすごい!こんなに大きくなりました。

千葉の市川市にいる友達と話した時のこと。「去年、台風で避難所に行ったら、水も毛布もなくてびっくりして返って来た。避難用リュックはは既に満杯で重いし、かといって飲み物は重いから手で沢山もてないし。」「食べ物は何日も食べなくても生きていけるけれど、水は飲まないと三日で命が危ないっていうしね。」結局、トランクとかキャリーバッグに水を入れて、持ち出せるところに置いておいたらどうだろう、ということになった。これだったら、多少重くても運べる。アメリカの次男の所に行く時、トランクに惣菜の缶詰やレトルトのお米を沢山詰めても、私一人で運べたので大丈夫。ただ、道が寸断されていたり、地面が割れていたりでどうしても運べない時もある。その時は諦めて、周りの人に大判振る舞いしましょう。

コロナ以降

生まれて始めて一人暮らしを始めたので、覚悟していたとはいえ、喪失感、自信のなさ、将来への不安などが去来した。二月は色々と忙しく感じる間もなかったけれど、三月の中旬から四月にかけて落ち込むことも多かった。でも三男に誘われて福島に行ったり(二日目は大雪になったが、東北の雪景色は美くしかった)親戚の法事や忌明けにでかけたりした。その時はいいのだけれど、ふと魔がさした

そうこうしているうちに、コロナの影響が深刻になり、世界も日本も緊急事態になり、はっと気がつくと喪失感、自信のなさ、将来への不安、と世の中の風景が私の心象風景と一緒になり、私は全く目立たなくなった。これはあくまで、自分の中での話しだけれど。

もしこれがオリンピックが開かれることになっていたら、今頃日本はお祭り気分で「私はかやの外」という感じを強く持っただろう。姉はニューヨーク州、次男はペンシルヴァニアで二人ともロックダウンされた町にいる。一部の売り場以外どこも開いてないという。あっ、落ち込んではいられない、と二人に荷物を二つずつなんとか送ったところで、今は荷物も送れなくなってしまった。

今世界は、コロナという共通の強敵に対峙して、スクラム組んで戦わなければいけない。神様から見て、相変わらず、国同士が相手に対する思いやりも尊重もなく覇権争いばかりしているので、温暖化や異常気象という共通の課題を与えてみたけれど、それも意に介さず、「自分の国さえよければいい。」とやっているので、今度は直接命に関わるコロナを世界に撒き散らし、これで目が覚めるか、と問うているようにも思える。

トウミョウを食した後、書いてあった通りに育てたら、見事芽が出た。嬉しい。ごめんね。刈って食べます。

コロナ後の世界がどんな風になるか。一つは国同士の経済格差、国内の経済格差、いずれももっとひどくなるだろう、という見方がある。「あなたの事は私の事、私の事はあなたの事。」という感覚を持てるようになれば、どんな風になろうと人は絶望しなくてすむと思う。灯火ランナーができなくなったから、コロナで売り上げが激減したからと言って自殺する人がこれ以上、でてほしくない。

立ち止まった社会が再び歩き始めた時、寛容で、ふところ深い社会を目指せますように!

 

きめ細かい対策を

コロナに対する戦いが、日本の経済に(世界もだけれど)打撃を与えるのは間違いないだろう。このウイルスの怖いところは、どの国でも未経験のウイルスで、アメリカで開発されたワクチンが本当に効くか、それとも変異してまたぞろ出てくるのか誰もわからないことだ。

アメリカに会社から留学して、ニュウヨーク州の隣のペンシルヴァニア州にいる次男によると、日本はどうしてこんなに死者数が少ないのか、アメリカで話題になっているということだった。これは日本人がBCGをしているからだという説もあるらしいが、落ち着いたらきちんとした検証が必要だ。

花が華やかな季節。一人散歩の途中で。

アメリカではコロナが収束したと思われるところから色々な制限をとき、経済活動を再開させるようだ。バランス感覚が必要だけれど、例えば東京都、と一括りにしないで区部と市部を分けて対策を考えるとか、感染者が極端に少ない県や岩手県には別の対策をとるとか、これからは経済のことも考えると、柔軟な対策が必要だと思う。

G.W.後も、コロナから目を離さず、また第二波が来るような兆候があれば「手続き」にこだわらず、すぐフットワーク軽く対策に動く。柔軟にということは、他国で上手く対策をとっていることはすぐ取り入れる、ということも意味する。韓国では軽症者だとされ、急に悪化して自宅で亡くなるということがないように、政府が主導して軽症者に病院以外の場所を確保して入ってもらい、手当てしているようだ。この前通りかかった郵政研修所の寮が随分空いている感じがした。利用したらどうだろう。韓国は検査も日本と違い、徹底してできている。

残念ながら気象異常や大国の覇権争いで、コロナのようなウイルスがこれからも出てくる要因は沢山ある。今回のことを次の災いの礎にできるかどうか、「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」ようでは次回はもっと大変なことになるだろう。

テレビや他の情報から、勉強したこと、感じたことをまとめて見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナに関する難問(医療現場)

今回のコロナ問題の時ではないが、以前やはり何かのウイルスが蔓延した時、外国の(多分アメリカだと思う)医療現場で人工呼吸器が足りなくなり、重い決断を迫られた。つまり「誰に人工呼吸器を取り付けるか。そのために、誰の人工呼吸器をはずすか。」以下は、その時決断したことと、その理由である。年齢で基準が決められ、若い人が優先、年をとった方の人工呼吸器からはずす。」何故なら、「年をとっている人は、もう十分この世を楽しんだのだから。」

それを知った牧師は、「私は、もういい。はずしてくれ。」と言って真っ先に死んでいったという。インタヴューで看護士は、「決められたことには、従うしかないけれど、私は呼吸器をはずした方に対して、一生償う気持ちで生きていきます。」と言っていた。

もし私が4、50代だったら、そんなに考えこまなかったかもしれないけれど、もう立派に「十分この世を楽しんだ」として呼吸器をはずされる年なので、色々と考えてしまった。意識がなく、植物人間状態だったら、「尊厳死」として全く問題なし。問題なのは意識があって「まだ死にたくない。」と思っていた場合。若い人のためなら、と喜んではずしてもらう位の大きな人間になれるだろうか。それとも「何で、私が!」とうろたえて、挙句の果ては殺されたと思い、怨念を生じるだろうか。それとも医療側も騒がれるのが煩わしくて、まず意識低下の薬なり注射なりを処方してから呼吸器をはずすのだろうか。う~ん、死ぬ覚悟もなくて、気がついたら死んでましたというのも、非常に問題のような気がする。交通事故と思えばいいのかしら。

美しく咲いて、散っていく花。潔い花の一生。見習わなければ。

また、思い出したのがフリーの山岳救助隊員が主人公の「岳」という漫画。ファンだった。その中で主人公の彼は救助する優先順位を「要救(救助要請)」の早い順番、と決めていた。これを医療現場に当てはめると、病気に後からかかった者は助からない可能性がでてくるが、医療従事者が殺人まがいのことをする必要もなくなり、私も「人口呼吸器がないから、助けられない。」と言われた方が納得できる気がする。

スピリチュアリズムを勉強してきた人間としては、向こうの世界を信じて潔くいきたいものだが、この問題を考えると、納得できる死=良い死、納得できない死=悪い死、ではないかもしれない。イエスも納得して死についたとは思えないし。(イエスをここで出すのは不遜ですが)

皆様はどうお考えになりますか?

 

閑話休題・お料理の話

何か月ぶりかに外出することなく、うちにずっといた。今の時期、花粉症も出ていてウェザーニューズで見ると、花粉の状態が真っ赤赤なので(気象庁の予報と全く違って、どちらを信じていいかわからないが、ウェザーニューズの方が体感として合っている)stay homeを決めた。

おいしそうな里芋を八百屋さんで購入してあったので、洋風里芋とトリの煮物を作った。レシピを書いておく。里芋は四か所くらい皮の上から(泥は綺麗に落とした後で)包丁で深めに切れ目を入れ、お湯に少し塩を入れて丸ごとぐつぐつ煮る。勿論、圧力鍋があれば早い。中まで煮えてしまっても構わない。取り出して水で冷やし、皮をむく。(手で簡単にむける。)煮ると、すぐむけるし味もしみこみやすくなる。一口大のももを半分程に切り、刻んだにんにくと一緒に鍋で表面に焼き色がつく程度に炒めておく。油は何でもいい。私はごま油を使う。

さくら~、さくら~、ただ咲き誇る♪

そこに水を入れ、酒かワインを大匙三杯くらいと、コンソメを入れて、あくをとる。里芋もいれてあくを取りながら、煮ていく。中火で6,7分程。煮汁もある程度残っていた方がおいしい。あくが出なくなってきたら、塩、コショウで味を調える。里芋を砂糖と醤油で甘辛く煮るのは定番でおいしいけれど、お醤油味のお惣菜ばかりになりそうな時に、これは重宝する。次の日には、トリからの煮凝りで具材が閉じ込められていたりして楽しい。そのまま食べてもまた違った感じで私は好きだ。

最後のお塩は、入れ過ぎないように、慎重にいれてほしい。味が薄い時はコンソメを足した方が無難かもしれない。ネギが好きなので、あれば私は最後に小葱を散らして一煮立ちする。

工夫して、我が家の味を作ってください。煮物は鍋に材料を入れておけば火が作ってくれるので、その間に他のお料理も作れる。料理する一番初めに煮物を仕込んでおくと、効率がいいです。今日は完食してしまったけれど、次回料理のブログの時は写真、撮りますね。

 

 

 

全てに迅速な対応を

去年から江原氏が「破綻と崩壊」と言っていたが、こういう形で起こるとは本当に予想していなかった。2011年の東北大震災の時もそうだったけれど、「自分達が何をしているのか、見つめ直しなさい。」ということに他ならないと思うのだが、天から(今回は中国からだけれど)災いが降ってきた、としか感じないだろう。私も「お天道様が見ている。」「良くも悪くも自分がしたことは自分に返る。」を実感として捉えられるようになって始めて、全てのことは結局は世界の、日本の、私達の、私の責任だと思う。

現実問題として、コロナが広がり始めても、習首相を日本に招待しようとした国である。日本国民よりも、そんなに中国の方が、経済的繋がりの方が大事だろうか。ついでに言ってしまえば、名古屋でもコロナが広がっているのに、なぜ愛知が緊急事態宣言からはずれるのか。豊田市の某会社に忖度したのかしら。

理解できないのは、マスクの全世帯配布。庶民から見たら信じられないお金をかけて、マスク二枚もらって安堵する人がいるのだろうか。マスクは自分でも作れると盛んに言っているし、効果あるのはコロナ保菌者がコロナを拡散しないようにするだけで、マスクで身を守ることは難しい、と言われているのに。

そんなお金があったらコロナワクチン開発や、今まさに倒産しようとしている会社や困窮している家庭にまわして欲しい。二か月、三か月先ではなく、今すぐに。生活する気力、生きる気力を失くしたら余計コロナは襲いかかるだろう。

三月に撮った写真。自然に接するとほっとする。

初期に「混んだところは避けるように。」と庶民とは遠い発言をしていたが、今でもやはり庶民とは遠いところにいるのだな、というのが「マスクの配布」だ。原爆に竹やりで対抗しようとした戦中の日本とそんなに変わっていない、と私は思う。

なんともはや

スピリチュアリストの江原氏は、毎年暮れになると、翌年がどんな年になるか上からのメッセージを受けて伝えてくれる。震災の前の年は「汚水が溢れ、どこが陸だか海だかわからない。嫌な臭いがたちこめる」だった。去年は端的に「破綻と崩壊」だった。あらら、オリンピックの年に、と思った。

悲しいかな、現実はその通りになった。まだ四半期も終わってないのに、今年はまだ何があるのだろう。今回のことをスピリチュアリズム的に考えると、「カルマ=因果応報」という言葉が浮かぶ。コロナはどう発生したかまだよくわかっていないようだが、生物兵器のできそこないにしても(完成されたものだと致死率がもっと高かったはずだ)こうもりから出てきたにしろ、自然をないがしろにして、自然の法則に逆らった人類の生き方に対する答えであることには間違いない。

どんな環境でも草木はたくましい。これに学びたい。

オリンピックを「コロナに打ち勝った証」と位置付ける、とおっしゃるが、自分達で種をまいておいて、それに「勝った」というのもおかしな話で、先に反省すべきことは山とあるのではないかしら。もっと根本的なところで見つめ直さないと、これから先も形を変えて、人類に反省をせまることが起きるような気がする。「仏の顔も三度まで」という諺があるが、神の中の仏の顔も三度まで、と私は思う。

ごめんなさい。お久しぶりです。

こんなに長い間ブログを書かなかったのは初めてです。読んで下さっている方には申し訳ありません。

人生の再出発を決意して、一月の下旬に転居しました。詳しくはまた報告しますが、極めてプライヴェイトなことなので、あまり一方的な意見は差し控えたいと思います。

幻想的に写せたかしら。

転居してから色々なことが一挙に押し寄せて、やっと今日、一息つきました。いきなり陳情書を書くことになって資料を必死に読んだり、スピリチュアリズムの難しい試験を受けたり。(絶対法律が出ると思い、後半は法律ばかり勉強したのに一題もでなかった。涙)(それに初めの五題、答えを書いてもなぜか消えてしまい、もたもたした。どうしてそんなことになるのかな)しかも試験の朝、二月に入ってから病気が思わしくなく(膀胱癌)親戚の方達に声をかけて会いに行ってもらっていた女性の訃報が入り、試験の後急いで豊橋までお通夜にでかけた。父方で一番仲の良かった女性で、まだ71歳。やさしくてしっかりしていて、大好きだった。かなりの喪失感がある。合掌。

豊橋から日帰りして、次の日はクラス。コロナウイルスを用心していらっしゃらない方もいて中止にしようかと思ったが、とにかく四人いらして下さりなんとかクラスができた。人数が少なければ少ないなりに楽しくできるのでクラスは中止にしたくないが、三月はどうなるかわからない。

そして、その三日後のピアノの発表会に向けて猛練習。ああ、練習できなかったと心配だったけれど、何とか弾き切った。曲目はベートーヴェンの「熱情」。本当はすごく早い曲だけれど、自分の表現できるテンポを保って弾いた。ベートーヴェンのソナタの中では、私は弾きやすい。ただし長い曲なので暗譜が苦手な私は、楽譜と格闘しながら弾くことになる。

発表会は緊張するけれど、先生の模範演奏や、仲間の様々な素敵な演奏が沢山聞けて大好きな集まりだ。音楽はウィルスのことも、身内の悩みも金銭的な問題も全て忘れさせてくれる。この日が24日で、来週だったら、多分発表会は中止になっただろう。

従姉妹が私のことを「今、人生のbottomだね。」と言ってましたが、一応衣食住はあるし、気功と音楽、スピリチュアリズムの勉強という目標があるので、自分ではそんなに悲壮感はない。今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、あけましておめでとうございます。

令和二年になってから、もう四日経ってしまった。遅ればせながら「あけましておめでとうございます。」

これも遅くなりましたが、去年実施したチャリティー気功の報告をします。クラスの三日間をチャリティー気功にあてて実施しました。スタジオ隣のNPO事務所から、ピアノを出すのが遅かったからと1500円頂いたお金を募金にまわし、またうちにヒーリングにいらした方から1000円の賛同金を頂き、それにチャリティー気功で集めたお金、きりがいいように私が三千円余り出して計15000円をJA千葉災害対策本部に国立の農協を通じて寄付しました。ご賛同頂いた方たちに、心からお礼申し上げます。少しでも、千葉農家の方たちの立ち直るお力の一助になれば、と思います。

始めてなので、領収書をupするのに、苦労しました。

スピリチュアリズムの勉強を始めて、どかんどかんと個人では考えられない寄付をするE氏に「何故そんなに寄付できるんですか?」と聞いたことがあった。ここでの「そんなに」は額ではなく、(信じられないくらいのお金持ちは、政治界や経済界に沢山いるが、東北大震災でも見合った寄付をした人は数えるほどだった。)寄付できる心がけを聞きたかった。

すると、「本当は寄付の内容、額も公表したくないんです。でもチャリティーコンサートやCDも出していて、報告しなければいけないし。寄付をするのはそれが、私の喜びだからです。」という言葉が返ってきて、さすがスピリチュアリズムの「類魂」が身についている人だと、感心を通り越して驚いた。

で、私も少しでも気にかかる団体があれば、そこに少しでも寄付してみようと思った。私は周知のそそっかしやで、方向音痴だけれど、長所は思えば即実行するところです。国境なき医師団、アムネスティ、ユニセフ、希望の家、カタリバ、死刑反対のフォーラム’90、国連UNHCR協会(難民支援)、ジュゴン保護センター、東大の海洋関係と植物園。

お金持ちとは縁遠かった私が、恥ずかしいほど、色々なところに寄付している。ただし、2,3千円から5千円くらいまで。でも不思議なことに、今月は何か所もしたから、生活費が足りなくなるだろうと思っても何故か(そんなに)困らないで過ぎていく。

そう言えば三輪さんが、人生は正があれば負もあって必ずバランスを取っているのよ、とおっしゃっていた。(「正負の法則」)どうやら寄付は現世では負で、それで何らかの厄落としもしているのかもしれない。勿論、自分の生活費とのバランスがとても大事だけれど。

今年は何だか急に増えてきた虐待問題や、日本の負の部分にもっと関心をもって、自分でも直接動きたいと考えている。

新年から長いブログで、申し訳ありません。