ブログ」カテゴリーアーカイブ

もっと大気情報を!

このブログを書こうとしてネットで「pm2.5予報」と検索して驚いた。「日本気象協会」がpm2.5と黄砂にかんしてだけのかなり詳しい予報を出していて四国、九州、沖縄は明日まずいんじゃない?という状況だ。こんなに堂々と出ているのなら、なぜニュースに取り上げないのだろうか?せめてお天気コーナーで言及してもいいと思う。確か「光化学スモッグ」や花粉情報は普通にアナウンスしていたのに。。。

もし中国に対しての遠慮があるのなら、それはおかしい。健康に関わることなので。中国も日本も人には「健康な暮らし」をする権利があり、これは領土問題やその他の利害関係の上に置かれ、政府が国民に対して守らなければいけない一番のものだと思う。そのために税金を払っているのだ、とさえ思う。

ここからの風景。一条の光が写っていた。

ここからの風景。一条の光が写っていた。

何度か書いたが、日本は公害に関して大気汚染も経験し、対策に対してある程度ノウハウを持っている。駆け引きの道具とせず、公害政策も含めもっと積極的に「お互いの国民のために」政府が提言できないのだろうか?それには変に隠さずに堂々と「中国からきたpm2.5」情報を流せばいい。原因が各国が中国に工場を作ったからだとか、どの国が作った車のせいだとかは、もはや言ってもしょうがない。目の前にある大過を、早く手を取り合って改めていってほしい。

 

 

 

気功、クラスもヒーリングも続けています

毎日が慌しい中、ついついこのブログを書き損なっていますが、大丈夫。気功クラスも気功ヒーリングも、特に気功ヒーリングは偽の心霊治療をする人がまた出て逆風が吹きそうですが、続けています。

12月の始めの週で二つのクラスの忘年会も無事終わり、ほっとするまもなく1月札幌の準備と思っているうちになんと風邪をひき、熱が出ないのに咳がやまず、夜ねることが難しく活動停止、というわけにもいかず、動き回り長引きました。勿論自分で気功したので動き回れたのですが、思うに大気の日本における汚染も今年は半端ではなく、いつも皆さんに申し上げているとおり、気功は大気汚染、花粉、ウイルスなど、いつも常に攻撃受けるものにはなかなか速攻性としては難しいです。

もともと母親譲りで気管や喉が弱いので、本当に少し良くなってはまた悪くなるを繰り返しましたが、今日から又日程的に忙しく、気合をいれたら今は収まっています。皆さんも十分、マスク、うがい等でこの悪い空気に備えてください。空けてしまった分、ブログがんばります。

本当に「守る」ということ

前回は「守ってあげたい」ということについて、かなり辛辣なことを書いたが本当に相手を「守る」というのはどういうことか、今回パリのコンサートホール襲撃で奥様を亡くしたジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさんの「君たちに私の憎しみはあげない」という文から教えていただいた。

一文、一文が心を打つので、まだ読まれていない方はぜひ、検索して読んでほしい。 私がこれまで学んできたスピリチュアリズムの精神が色濃く反映され、また相手を「守る」という本当の意味について考えさせられた。現世的に見ると亡くなってしまったのだから、「守って」あげられなかったということになるかもしれない。でもその意味するところはテロリストの勝利だ。

日本の清らかな水と空気を捧げます。

日本の清らかな水と空気を捧げます。

この方は自分の内にある妻を大事にし、大きな視点で「妻はいつも私たちとともにあり、天国で再び巡り会う」と確信している。この視点がなければ「憎まない」ということはありえないと思う。

E氏から「本当のプライドとは、自分の中の大事な人を守り抜くこと」というのを聞いて、?とぴんとこず私の課題だったけれど、今回のこの文章でプライド、相手を守るということがはどういうことかはっきりわかりました。

犠牲になった方達、その家族、関係者に心から哀悼の意を表します。

合掌

「ひね」おばさんのつぶやき

世の中の言葉の中には、若い時なんともなく受け入れていたけれど、今になるとちゃんちゃらおかしいや、という言葉がある。(ちゃんちゃら、という言葉今でも使うかな?)その最たるものが若い男性が女性にささやく「君を一生幸せにする。」「守ってあげたい。」の部類の言葉。外国でもこれに類似する言葉あるのかしら。I want to make you happy.(君を幸せにしたい)くらいはあるだろう。

大体これらの言葉は結婚をほのめかすものとして使われるが、本当に人は他人を「幸せに」することを保証できるのか、また「守る」という言葉はそもそも上から目線で、さる集団のボスザルと雌ザルの関係ではあるまいし。。。と思ってしまうのである。

山から降りてきた日本狐に襲われた谷保神社の鶏達。でも何匹か生き残った。また増えてほしい。

山から降りてきた日本狐に襲われた谷保神社の鶏達。でも何匹か生き残った。また増えてほしい。

もっとも、こんな言葉を真剣に受け止めている女性はほとんどいないと思う。「好きだ」という拡張子くらいにしか捉えていないだろう。従って私が別にめくじらを立てる必要もない訳だけれど、たとえ結婚しても人から幸せを保証してもらうことは不可能だし、守らなければいけないのはまずわが子であり、生活そのものであるので、始めから甘い幻想は持たされない方がいいわよ、とひねおばさんは(ひねの意味は”ひねくれている”のひねではなく”ひねしょうが”のように使われる「古い」の意味です。念のため)つぶやくのである。

 

ピアノ発表会(3)

あ~、終わった。一礼して席に戻って来たら、(一部の最後だったので、二部まで少し休み時間があった)わざわざ来てくれていた友達と従姉妹が「迫力がすごかった。」「良かったよ。」と誉めてくれた。「でも間違えた所あったでしょ?」と言うので内心(あったどころではない。リスト作、冨田編曲くらい間違えた。)と思ったが「あらっ、わかった?」と聞いたら、「わかったよ。だって弾きながら笑った時があったから。」という返事だったので、良かった、皆さんがあまり知らない曲を選んだのは大正解、とほっとした。

同じクラスの仲間も「きらきらした、華やかな曲なのね。」とか「リストにあんな曲があったのは知らなかった。」とか言ってくれた。私以外に三人がこの発表会に出られたが、いつも良く練習されていて音楽性も豊かで、音楽仲間として誇りに思う方達だ。生徒を

終わった後の高揚感を表現した。(1)から連続でお楽しみください。

終わった後の高揚感を表現した。(1)から連続でお楽しみください。

引っ張るM先生も情熱があり、クラシック以外にもジャズ、現代音楽と幅広くカバーする若いピアニストだ。要するに私の音楽環境はとても恵まれている。

解散の時、先生に言った。「この会で私が一番のものをみつけました。」「えっ、何ですか?」「弾いた女性の中で一番年をとっていました。」「アハハ、そうでしたか。」という会話で感動的な発表会は終わったのだった。

ピアノの発表会(2)

さて当日、どうしても和音が難しく手がそこにいかない所が三箇所あったので、着実に弾ける所意外は適当に弾き、間違えても後にひかないことを肝に銘じた。「とにかく手をとめないこと」という先生のadviceを頭に置き順番を待った。どういうわけか私の前四人は続けて男性の方達。私の前の方はドビュッシーの「夢想」を繊細に優雅に弾き終えた。

12ページの楽譜をセットしていたら、司会の男性が舞台に上がって譜をめくって下さる先生の椅子を用意したので、私も舞台に上がって楽譜をピアノに置いたら、その方が驚いて、「貴方はまだ舞台に上がらないでください。名前を呼ばれて皆さんにお辞儀をしてからです。」と注意された。あれあれ、又やってしまったと思い言われた通りやり直した。

心象風景。比較的落ち着いていた、と思う。

心象風景。比較的落ち着いていた、と思う。

弾き出すと意外と落ち着いた。難しい和音も長さは計画通り楽譜を無視してゆっくりと、目立つ音だけは正確に弾き何とかクリア。後半にクライマックスがきて、ここは何度も練習したので思い通りできた。しかし、後1ページというところで、ほっとしたのか今まで一度も間違えたことがない所が一瞬わからなくなった。気がついたら同じ所を二回弾いていた。音も違うと思ったけれどとにかく次に進む。最後で全体の印象が決まるところがあるので、しつこく練習したところは無事通過。「この一週間の総決算」とばかり最後の和音を押さえる。あ~、終わった。(続く)

ピアノ発表会(1)

発表会前の心象風景

発表会前の心象風景

9月21日、シルバーウィークど真ん中に、ピアノの発表会が「東京建物八重洲ホール」であった。私は一部の最後。曲目はリストの「海を渡るパオラの聖フランチェスコ」という長ったらしいもので、曲も負けずに12ページという、とても長いものだった。以前、楽本の前にある「小鳥に説教をする聖フランチェスコ」という、これも11ページある長い曲だったけれど比較的楽に弾けたので、今回も大丈夫だろうと思っていた。

日が近づくにつれ、曲が長いばかりではなくソナタ形式(簡単にいうとAーBーAという形式、AとBを練習すればよい)ではなく、つまり2ページずつの違った曲が6曲ある感じなので、猛練習が必要なことにやっと気がついた。しかも普通のアップライトピアノとグランドピアノでは楽譜の位置が高く遠くなるので暗譜してない(できない)者にはかなりハードルが高くなる。いつもと違って会場での事前練習もできないことがわかっている。

久々に追い詰められて、というか大体追い詰められないと動かない性格ではあるけれど、一週間前に多い時は午前、午後とグランドピアノがあるスタジオを借りて練習を繰り返した。宮地楽器の生徒なのでレンタル料は割安だけれど、それでも多大な出費。(涙)でも、家族で旅行に行くことを考えると安いものだ、好きなことを思い切りできる私は幸せ者と思い直し、思いがけなく返ってきた次男も捨て置いて、練習に励んだ。(続く)

季節はずれの怪談

もう一ヶ月も前のことになる。8/23日にSさんのヒーリングをしていた。そこにメールの着信音が。「ちょっと失礼」と言ってメールを見たら一人はZさんから。もう一人はOさんから。なぜか気になってZさんだけ内容を見たら「ちょっとお話がありますので、後で電話を下さい」とのこと。ふ~ん、私が手が離せないのがわかっているような内容ね、と思ってZさんを知っているSさんにただ「Zさんからのメールだった」と言った。

書を得意とした御前様が書かれた額

書を得意とした御前様が書かれた額

ヒーリングも終わり車で出かけていてメールを思いだした。Zさんに電話をかけると「えっ、あっちゃん?丁度今、御前様のお墓参りに娘と出ようとした所。すごい勘ね。一緒に行かない?」と言う。一ヶ月前の7月23日が午前様の三周忌にあたり、二人でお参りして「お盆にも来ようね」と言い合ったことを思い出した。突然だったのとお盆は過ぎてしまっていたので「ごめんね。今日は無理。あの、さっきのメールはこのこと?」と聞くと「何?メール?悪いけれどもう出るから後でね。」と話しがかみ合わない。

変なの、と思っていたが、後で以下のことがわかった。彼女はメールしていない!!!でも私は確かにメールを見た。けれども後から考えたら、彼女の名前も文も背景が明るくなく薄暗かった。メールしていない、と聞いて、そんなばかなと思い検索をかけて捜したけれど本当になかった。あまりの不思議さに送ったメールが消えることがあるか調べたけれど、それはあり得ないことだった。(その前に本人が送っていない、と言っているのだが。。。)

困惑してヒーリングに来ていたSさんに「Zさんからメールがあった、と言ったよね。」と後で確かめたら「言ってました。」と覚えていてくれた。結論。Zさんは御前様があっちゃんにも一緒にお墓参りに来て欲しくて、メールを私の名前で送ったのよと言う。私は御前様が自分が亡き後のお寺が心配で、気にしてくれというサインだと受け取った。私は時々不思議なことを体験するが、現代機器を使った不思議体験は始めてだった。今のお寺は一昔より大変だろうけれど、御前様がなさった様に庶民に寄り添って、人々の悩みを聞いて衆生を救済することを続けていただきたいです。

(皆さんにとっては)どうでもいい話

とうとう安保法案が成立しそうだ。孫の代が心配だ。歴史が繰り返さなければいいけれど。。。でも今本当に考えなければいけないことは各国の利益よりも、地球の資源や自然破壊による影響、オゾンの破壊で、世界全体が一丸となって対策しないと、もうどうにもならないところまで来ているのに。人間の傲慢さは果てしなく、でもそれはカルマの法則で人間に返ってくる。残念ながら私も人間の一人。自然に対して取り返しがつかないひどいことをしていると思う。「ごめんなさい。」と時々つぶやく。

雨ばかり降って写真が撮れずサンプル映像を使いました。「灯台」です。

雨ばかり降って写真が撮れずサンプル映像を使いました。「灯台」です。

ここからは、皆さんにとってどうでもいい話。最近友達とまたは一人で、夏に河口湖のステラシアターで行うイルカのコンサートに参加している。この前パンフレットを見ていたら珍しくローマ字でIRUKAと書いてあった。う~ん、どこかで見たローマ字だと思って配列を変えてKを二回使うと、何とKIRAKUになり私の気功研究所の屋号になった。なにかご縁があるようで、嬉しい。(あなた、忙しいふりしていて結構暇ですね、という声が聞こえてきそう)

二つ目のどうでもいい話。うちの給料日はず~っと20日だった。40代まで生活が大変で20日が待ち遠しかった。長男は20日生まれ。なんとなく20日に好感をもっていた。(単純このうえなし)主人の会社が二つ目になり今度は25日になった。すると初孫が25日に生まれた。仲のいい従姉妹の誕生日も25日で25日の好感度はアップしている。(読んだだけ損と思われる内容ですね。ごめんなさい)

わからないこと(2)

日本は今や原子爆弾を五千個作れる国、というのを新聞で読んでぎょっとした。原発を動かしたいのはこういう絡みもあるのかしら?確かに本当に戦争になったら、オスプレイが配備されても(打ち落とさなくてもよく落ちる)戦車があっても核のボタン一つで決着がつくだろうということはこの前書いた。今大国は中国、アメリカ、ソ連だけれど、文字通り大国で日本とは面積が違う。技術的に見てレヴェルはほぼ同じとして、一つ落とされても国民が他に逃げ場がある所と逃げ場がほとんどなくなってしまう日本では、始めから結果が目にみえている。先の大戦でも「飛行機に竹やり」の発想だった国だからしょうがないかもしれないけれど、武器という土俵にたつと圧倒的に不利であることを良く考えてほしい。

スイスは核を持っているという話は聞いたことがない。スイスといえば核シェルターが有名。徹底的に防衛を考えている。小さな国、日本も戦争、武器輸出という大国と同じ土俵に立とうとしないで、平和を重んじ、思想的に尊敬され、世界中が日本の文化と食に憧れる国になった方が余程いいと思う。それこそが「美しい国、日本」ではないだろうか?

花のピンクが可愛かった。何ていう花かな?

花のピンクが可愛かった。何ていう花かな?

これを書いている今、中東でも暴力が勢いを増し、文化財や遺産が次々と破壊されている。これは「過去からは何も学ばないし、尊重も尊敬もしない。今生きている我々だけが正しい。」という表明であるようにも受け取れる。多分、神から見たら何と傲慢なことだろう。過去を捨てて、暗闇に向かっていくのだろうか?しかし日本も色々な事件を見ていると他人事ではないような気がする。せめて日本は世界に精神世界で「一灯を照らす」存在でありたい。