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わからないこと(1)

8月は日本にとって鎮魂の月。色々と考えさせられた。戦争はするかしないかであって中途半端な戦争やグレイゾーンの戦争は存在しない。ここではそういう議論はさておいて、不思議なのは、同じ敗戦国であるドイツと日本の立場の違いである。ドイツはEUの中で主導権を握り、ナチスのしたことを検証し公開し「私達はこのような過ちを犯しました。二度と繰り返しません。皆さんも私達の轍を踏まないでください。」と実に堂々としている。他方日本は謝れ、謝り方が足りない、といつまでも言われ最近はアメリカの植民地か?と思われる様な事態も発生している。どうしてこんな違いが出てしまったのだろうか?

もう秋の気配?あせるな。

もう秋の気配?あせるな。

私はドイツには「人間は過ちを犯す。私達も大きな過ちを犯した。それを無駄にしないことが犠牲者に対する義務である」という姿勢を感じるけれど、日本は「あの時はしょうがなかった。それまでは上手くいっていたのに。」という言い訳がある様な気がする。日本は原爆を落とされた唯一の国だ。戦争をした国は全てそうだけれど加害者であり被害者である。大空襲、沖縄戦も含めて戦争の悲惨さを歴史に刻んだ国として、国の利害というよりももっと大きな視点に立ち、平和であることがいかに難しくそれ故貴重かということを世界にもっとアピールするべきだろう。そして平和に対するポリシーを持った国としてアジアのリーダーになるべきだと思う。

暑~い話

とてもとても忙しくて疲れた8月の主な行事が(まだ気功クラスが残っているが)ほとんど終わり、昨日今日涼しかったので一息ついて、やっとパソコンに向かっている。

豊橋は父母の故郷であり、私は住んだことはないのだけれどお盆の用意もあり8/8~8/11に父と次男で車で出かけた。豊田の叔母と従姉妹に会いに行く前日、あろうことか右眉を半分切り落としてしまった。行く途中すごく気になって鏡を見ると、お墓で働いたせいか眉墨(古!)が流れてしまっている。コンビニでアイブロウを買おうと立ち寄った時のこと。

奥に見えるのが札幌セミナーを行なったガラスのピラミッド。モエレ沼公園、広いでしょう?

奥に見えるのが札幌セミナーを行なったガラスのピラミッド。モエレ沼公園、広いでしょう?

お店の中で商品を見ていたら、車に残った次男が「喉が渇いたから何か買ってきて」と言ったのを思い出し、熱中症になるといけないのでお茶を買って車に急いだ。次男は稼いだお金をつぎこんで白い少し大きめの車を購入していた。迷うことなく車に突進してドアを開けた。目の前に見たのは。。。。。。熱く抱き合った二人の男女。あっと思い、「失礼いたしました」とドアを閉め後ろに回ると、横に次男の乗っている同じ色の白い車が。。。ペットボトルを渡しながら「アハハ、車、間違えちゃった」と言いながら隣の車を見ると、私を睨みつけている二人の男女。(紛らわしい車で横に並べて駐車するな)

お店に戻って目的の品を買い、ついでに店員さんに事の成り行きを話した。「今時の人はロマンがないね。こんな熱い時に狭い座席で抱き合わなくってもね。」と言ったら「奥さん、面白い。又来てください。」と、とても受けた。窓の外に目をやると、くだんの車が駐車場から出て遠ざかっていくところだった。

ドリアン助川さん、「あん」おめでとうございます

KIRAKU気功教室では許可を頂いて、ドリアン助川先生(朗読を教えていただいていた)の、発声のための腹式呼吸をクラスで使っている。する度に「これはドリアン先生から教えていただいて」と言っていたのだけれど、みんな???という感じだった。

「あん」の本を出された時すぐ読んだ。あまりいい本だったので、従姉妹の子供にも先生のサイン入りの本を送ってあげた。ハンセン病、俗にいうライ病患者の苦難の歴史を一人の女性を通して見事に語っているが、決して暗くも重くもならず、私達がしてきたことや人間のあり方も含めて静かに反省させられる本だった。

札幌の夜は明るい。でもそう涼しくはなかった。

札幌の夜は明るい。でもそう涼しくはなかった。

朝日新聞に「明川哲也」の名前で人生相談を掲載していて、その答えに感激して朗読の講座に出席したことは前にも書いたと思う。「先生、これ映画にしたらどうですか?」と言ったら「冨田さん、映画作るのいくらかかると思ってるんだよ。でも実は今考えているんだけどね。」という答えが返ってきたので、「一人一万円でなるべく多くの人から集めればいいですよ。私達にも責任ありますから」と言ったような覚えがある。(そう言えば江原さんにも自作のオペラ書いて主演して、と発言し同じ答えが返ってきた。誰にでも言っているわけではなく、このお二人にしか言っていないけれど)

そして映画「あん」はできた。勿論見に行ったしクラスの方にも宣伝した。主役が樹木希林さんしか考えられない、と感じるほどはまっていて、心のひだが細かい所まで伝わってきた。対する男性俳優も若いのになかなか渋くて魅力的だった。ただ、たばこを吸う場面が多くてクラスの重症の煙アレルギーの人には見せられないと思ったが、やるせない悩みは良く表現されていた。

監督も今をときめく河瀬直美で、私が見た映画館では河瀬直美の映画の撮り方がどのように個性的かも解説してくれていたので、より楽しむことができた。ただ本では、一番最後の、林に亡くなった主人公が現れる場面でず~んときたのに、それが映画では変更されていたのが少し残念だった。

ドリアン先生と仲の良かった中島啓江さんも、天国で先生の本と映画の成功、喜んでらっしゃいますよ。

ネタばれはまずいと思い、今頃書きました。(A good excuse)クラスの方達もあ、あのドリアン助川さん、と今ではわかってくれます。

まとめてブログ(2.母の愛)

クラスに来て頂いている方からお嬢さんのことで、ヒーリングの依頼があった。腰を痛めてから横にもなれず、よく寝ることもできないで引きこもり状態だという。すぐ行ってあげたかったが、予定が詰まっていてどうにもならない。もう一年以上も来て下さっている方なので、なんとかコンタクト・ヒーリング(直接向かい合ってする)をするように言って、こちらでも遠隔で応援することにした。

わりとすぐ、「頭がなんだかすっきりしたようだ」というメールが入った。その調子、と思いあまり手をかさないようにしながら様子をみることにした。始めは部屋に入られるのも嫌がっていたお嬢さんが、「無理をしないで」でも「少しずつ近づいて」お母様は娘に対して気功を頑張られた。

私も遠隔で時々様子を見る。3、4日たってもう大丈夫かなと思った頃、メールが入り、「無事仕事に行き始めました」という嬉しい報告を頂いた。

札幌駅のアイヌ像。勿論セミナーの成功をしっかり祈願しお礼した。

札幌駅のアイヌ像。勿論セミナーの成功をしっかり祈願しお礼した。

驚いたのは、次のクラスの時のその方の上達ぶり。何年も気功師をして教えていると、大体家でまじめにトレーニングしているかどうかわかる。膝以外それ程問題がない方だけあってそれ程必要性もなく、でも一生懸命クラスには顔を出して下さるという感じだった。それが「あっ、ここに邪気が出てますね。」と最初に指摘したのだ。

一緒に入った方達は自分や肉親をどんどんヒーリングしていて、彼女は経験が出来ない分、気を感じることができないかなと思っていたのだけれど、いきなりわかる様になり、やはり子供に対する愛情が引き金になって出来るようになることもあるのだ、と私も勉強になった。

色々な方がいるけれど、努力は裏切らない。「気」がヒーリングにも親子の絆にも自分の技術上達にも役にたった、嬉しい事例として書いてみた。

 

まとめてブログ(1.札幌三日間集中セミナー)

今月19、20、21と札幌で気功集中三日間セミナーを(無謀にも)計画し、おこなってきたのでその報告をします。場所はモエレ沼公園のガラスのピラミッドの1Fスタジオ。場所を申し込んでから(そういえば、来てくれそうな方は誰も知らない)ことに気づき、慌ててこの仕事を始めてから最初の広告を出したのでした。

途中、誰も来ないかもと悩んだのですが経営者の従姉妹が「宣伝になるだけでもいい」と励まされ、中森じゅあん先生からも激励され開催の運びとなりました。

結果発表。クラスには四人の方が来てくださいました。ナ、ナント江原さんに体格、横顔そっくりの男性(自称二十歳)、近くに住む元気のいいお母様と感性鋭い娘さん、三人の小さいお嬢さんがいても頑張って来てくれた若いママ。そして午前中のクラスは中止してフリーの気功体験にしたのですが一日目は若くたくましい青年二人、シンガポール人の女性、午後から息子さんの結婚式に出席予定のご家族三人、二日目は最年少、中学二年生の素直な少年三人、初々しいお嬢さん三人と6人ずつ12人の方、計16人の方々にKIRAKU気功を体験していただきました。

皆さんと一緒に美しく咲きたい。

皆さんと一緒に美しく咲きたい。

他にも偶然バスの隣に座られたナイスなおじ様、昼食時に同席した韓国人二人連れの方、帰りの飛行機でお隣だった上品な奥様(見習わなければと思った)、若い地上乗務員の方には腰と肩の指摘、と「気功紹介いたします」オーラが出ていたのか短い間に多くの方に実演することができ、お陰様で手応え十分な出張でした。

札幌に行く前にひいた中森じゅあん先生の『ANGEL CARD』には「呼応」江原啓之先生の『おとたまオーラカード』には「出会い」が出て、それぞれ「波長を高く保って、いい出会いを」というアドヴァイスだったので、今までもそうだったけれど、なんとどんぴしゃなことが出るんだろうと感激しました。

本当に、上の方も応援してくださったことが良く分かり、広告にご協力くださった皆様や、なんと言っても許可して便宜をはかって下さったモエレ沼公園の事務の方、平日でもカフェを開けてくださった職員の方、こちらで成功を祈ってくださった方々にも感謝の気持ちで一杯です。

有難うございました!

 

 

色々考えること(2)

前回、「自己犠牲」と書いたけれど、日本はアメリカの盾となることを選ぼうとしているとしか思えない。政治のことは良くわからない私だって、もし安保に関して阿部首相が提案したことに、少しでもアメリカの不利益になり日本の利益になることが含まれていたら、アメリカの政治家の誰かが異議を唱えるだろう。何故反対意見が出てこないで称えられたのだろうか?

自然の恩恵

自然の恩恵

敗戦国という汚名返上したくて、戦争という同じ土俵に乗ろうとしているとしたら、とても危険なことだろう。戦争に関してはするかしないかで、起こってしまったら細かい約束などあっという間に反故になって状況勝負になってしまう。今更、先の戦争でソ連が約束を破って攻めてきた、と言ったところで何も始まらない。戦争は全てを狂気に陥れる。それとも余りに私達が戦場となった沖縄の悲劇に反省も悲しみも持たないので、今度は日本全体を沖縄のようにする、「カルマの法則」が働くのだろうか?

私は日本が「参戦できる国」であるより「かえがえのない文化を持った尊敬される国」であってほしい。そうしたことによって何か起きるなら、受け入れるしかないと思っている。日本で起こっていることの重大さに比べ、自分の小ささと無力さに溜息をつくこの頃である。

色々考えること(1)

新幹線で事件を起こした人は「年金で生活できない」と言っていたらしい。ある時期までは日本は「年金で生活できる」国だった。ところがそれが不可能になった。65歳に引き上げられた時、これは大変なことになったと思ったがたいして騒ぎもなく決まってしまった。結局殺人事件になり、弁護するつもりは毛頭ないけれど、経済的に追い詰められたということは想像できる。

う~ん、疲れたな。

う~ん、疲れたな。

手が足りず子育てが大変な親と子供、一日一食しか食べることができない若者、まだ働けるけれど雇ってもらえない人達、このような人達がどんどん増えているのが現実だ。何かみんながきちんと役割を持って、安心して生きていける組織はできないだろうか?格差社会というからには使い切れないお金を持っている人がいるはずで是非考えてほしい。どこかで判断を間違えてもやり直しができる社会、生き直すチャンスがある社会、そういう社会でこそ人は人間らしく生きることができる。

社会のやさしさの指針は人の痛みをどこまで自分のこととして捉えられるか、自分が誰かの「役にたつ」ことにどれだけ多くの人が喜びを感じられるかだと思う。自己犠牲を言っているのではない。全てはしっかりした自分あってのことだ。(2へ続く)

儚い夢と現実の思い

人間が人間らしく生きるのは、もう不可能なのだろうか?機械の導入は便利だけれどお金がかかる。今より便利な生活を望めば余計お金がかかる。これだけ便利、効率、利益追求、経済優先だとお金の価値が高まるのは当然のことだろう。かくして格差は深刻になる。

個人のレヴェルで済む話ではなく、国家レヴェルになってくると国が豊かになるためには資源がいる。国にとって資源はお金であり、豊かになるために争奪戦がはじまる。自分の国だけ豊かになりたいから、自然の破壊に対して良心の呵責もないし他の国の幸せは眼中にない。

個人でも国でももう少し他に対する思いやり=他を自分のこととして想像できる能力、があれば、世の中とても変わってくると思う。私が習っているスピリチュアリズムはこれをすごく強調する。全体はワンネスで全てのことは自分と関係あることと受け止める。この実現は儚い夢なのか?

自然はいつも神秘的。

自然はいつも神秘的。

全く話はそれるけれど、もし日本でもう一つ、原発が事故を起こしたら小さな日本、安全に食べられるものが、しばらくはなくなってしまうだろう。いくらオスプレイを配備してもまた安保法制を変えたところで、本当の危険な状態になったら米、中、ソ連のどこが早く「ボタン」を押すか、の問題になりその他のことは何の意味も持たなくなってしまうだろう、と考えるのは過激すぎるかしら。

とりあえず今自分にできることは、自分の思う正義はしっかり守り自然を大切に思い、他の人の問題も自分のこととしてできるだけ受け止める(人間ができている訳ではないので100%は無理)ことである。もう一つ、「天は見てござる」「魂は永遠で死に逃げはできない」ことを心に刻み、死ぬまでしっかり生きようと決意している。

気功教室(国立)

気功教室はお陰様で、順調に推移している。昭島教室から始めてもう丸四年がたとうとしている。早いな~。国立教室も四年目に入り安定してきたので、ここを基点に他に行くことも考えることができた。

クラスの皆さんと行きたい所

クラスの皆さんと行きたい所

「冬、かまくら。外は寒いが内はぬくい。」年の初めにスピリチュアリストの江原さんから私達に伝えられた言葉だが、今まさにこの言葉を実感している。地震、噴火、安保法制、沖縄の基地問題。この前の講演では、これから高齢者に関する問題(自殺と介護離職)が大きくなると心配されていたが、5日の新聞で「高齢者の地方移住を」とあり、もう来たか、と驚いた。

私も生きて後2,30年。「いえ、後40年でしょう」と友達は言ってくれたが、どちらかと言うと太く短く(もう短くとは言えない年ですが)生きて、世間はどうあれ内=自分の心、友達、仲間、広い意味での家族、の中ではいつも穏やかで温かくいたい。内の一つである国立の気功クラスは良い仲間に恵まれて、私にとっては「ぬくい」存在で有難く思っている。

勿論、世間のことに無関心でいいわけではないし、一つ一つのことが全て自分に関わってくる。小額でもできるだけ寄付も心がけている。ただどんな時でも「心の平和」は失わないことが今自分にできる最大の社会貢献と信じている。明るい波長、ポジティブな念力、これを国立クラスからも発信していきたい。

札幌に営業へ

5月6,7,8で札幌に他の用事も兼ねて、チラシを置いていただく所を捜すという営業をしてきた。「いつものこの時期は雪が降るのが普通なのに。おかしい。」、と方向音痴の私に親切にして下さった方が言う程、札幌は暖かかった。むしろ暑いほどだった。また意外なことに黄砂が結構飛んでいて、私自身もアレルギー症状が出た。北海道に行けばアレルギー源はない、と信じていた私は「札幌よ、お前もか」と少し悲嘆したのだった。

三箇所はチラシを無料で気持ちよく置かせてくださった。最後の日、バスの待合所に置きたくて電話をしたら、中央バスは「いいですよ」という返事だったのに、そこの所有権を持っている地下鉄側が駄目だ、という。そのことで若い駅の職員に抗議していたら飛行機に乗り遅れそうになったので、泣く泣く有料の契約をして千歳空港行きの電車に乗った。さて、と思い日程表を見て目が点になった。羽田到着時刻を千歳出発時刻と思い込んでいたので、その時点で既に乗るはずの飛行機は飛び去った後だった。

え~っと、現金は間に合わないかもしれないけれど、カードがあるから何とかなるかな、明日は特別な用事は入っていなかった(と思う)、電車で帰ると何時間かかるだろう、と様々なことを考えたが、ま、しょうがない、なるようにしかならないと開き直り(開き直りが早いのが人生の難局で随分助かっている)ANAのカウンターに向かった。「あのー、乗り遅れてしまったんですけれど。。。」「さっきの飛行機ですか?」「いえ、約二時間前のです。」「ANAの会員ですね。」「そうです、そうです。」「窓側がいいですか、真ん中がいいですか?」「えっ、ああ窓側でお願いします。」「後15分後に出発する羽田行きの飛行機がありますからそれに乗ってください」という訳で何のお咎めもなく無事東京に帰って来ることができたのでした。メデタシ、メデタシ。感謝です。

嫌なことも全て水に流し前に進む。

嫌なことも全て水に流し前に進む。

札幌市交通局、頭固いなと感じた。色々条件を言って、結局、バスの待合所に置くのも駄目、ボードにも貼らせてくれなかったけれど、そのボードには何も貼ってなかった。景気いいわけではなし、もっと柔軟に対応して頂きたかった。若い人に変える力を持って欲しい。有料で、ということになってから札幌市交通事業振興公社の方が対応してくれたが、こちらはてきぱきと処理してくれて助かった。

何も観光できず、おいしいものを食べようという気さえならず、どたばたの仕事と勉強のための札幌行きでした。モエレ沼のガラスのピラミッドでの集中気功教室、7/19、7/20,7/21の準備のための札幌行きでした。来れる方は来てください。(遠すぎる、と非難の声多数)