スピリチュアリズムという一種の精神学を学んで5,6年経つが、時々根本的なところが私には抜けている。たまにそれに気がついて「これはどうなんだろう」と思っているとすかさず答えに出会い、誰かにというか、多分神様に近い存在の方に見透かされている様な気になる。スピリチュアリズムに出会った頃はいちいち仰天していたが、最近はただ有難くその答えを受け取っている。

今日はハロウィン。母の施設の玄関にて。
最近気がついた大きな間違いはこれだ。スピリチュアリストというのはスピリチュアリズムに関わっている人のことを言っているのだろうと思っていたので、勉強している私も「スピリチュアリスト」と自負していた。けれどそれで本当にいいのかなと思い始めた矢先、あるサイトでスピリチュアリストの定義に出会った。条件は二つ。一つは霊魂の存在を信じ、死後も霊魂の世界があることを認める。二つ目は死後の世界にいる霊魂と交信できること。これでいくと残念ながら私は二つ目の条件は満たしていないので、スピリチュアリストとはいえない。いやほんの時たま正確なインスピレーションを頂くが、交信とまではいっていない。
理由はわからないが、遠隔はある程度できるので中途半端でも向こうの世界につながってはいるのだろう。さて、これからどうするか?交信できるようにして本物のスピリチュアリストを目指すのか?気功師としての質を高めてスピリチュアル・ヒーラーを目指すのか?でもよく考えたらこれって先では繫がっているな。当分、気功師の養成に力を入れて(順調に育ってきています)一緒にヒーリングできる方を増やしていきたい。後は神様の言うとおり。〈思し召すまま)








夜はドリアン助川さんの「ブカレスト プノンペン チェルノブイリ フクシマ!」というタイトルでピクルス田村さんという若い青年と3時間近くぶっ通しで、リアルな写真を見せながら朗読と歌で語りかけてくれた。朝日新聞の人生相談で有名な方で、自作の詩も朗読も一つ一つ説得力があり、チェルノブイリ以外は自分で回っているので「現場の空気」をよく伝えてくれた。ある程度知っている、と思っていたのにそれが表面的であることがよくわかり、ライブの迫力と相まって衝撃的な感動だった。かなり深刻なテーマだったのに気持ちが暗くなることもなく、「現実」として受け止められたのは少し不思議な体験でもあった。