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幸せを感じる時

結婚してからずーっと忙しい人と思われていたので意外かもしれないけれど、実は若い時から、もう今日は眠ることができる、或いは昼間でもちょっと横になれると思える瞬間は幸せを感じた。充実した日でもあまり活動しなかった日でも、いつも眠る前は嬉しかった。この前「睡眠欲」という言葉をみつけて驚いた。自分で、眠ることに幸せを感じるなんて何て金のかからない女なんだろう、と思っていたけれど、ひょっとしたら睡眠にたいして強欲なのかしら。

春の公園

春の公園

だから子育ての時期に、子供、特に長男が夜寝かせてくれなかった時と更年期障害のせいで不眠症になりかかった時は苦しかった。人間は死ぬのが恐いのに意識がなくなる睡眠は怖くなくて、眠れないことの方に恐怖を感じるんだなと思ったりした。眠れないと生活のリズムが狂ってくるが、そこを我慢して定期的に運動をこなすようにしたら、いつの間にかまた眠れるようになった。勿論、幸せを感じる時は他にも沢山ある。今日はその第1弾です。

これから大事なこと

母は倒れてしまったけれど、82才までは何とか元気でいてくれた。父は92才だけれどまだ自分で生活もできるし歩いてどこへでも行ける。同世代の女性がどちらかの、あるいは配偶者の介護に追われる中、優雅に(といっても同居家族の世話だけしていればいいという意味で)暮らせたのも、親が元気でいてくれたからだと思う。現代は「お金」が大変重要な「幸せ要素」になってしまったが、「時間」も大きな人生の要素だ。子どものためにも健康を維持したい。

木瓜(ぼけ)も負けずに綺麗です

木瓜(ぼけ)も負けずに綺麗です

母が何もできなくなってしまったのを、ただ心配して見に行くのは「辛い時間」だった。今は言葉もほんのわずかずつだけれど前進して、食事も自分で食べることができる。まだ「会話」は成り立たないので、オペラのアリアのテープを持っていって一緒に聞いたり、歌ったりしている。鮫島有美子さんのお母様と母は友達だった。鮫島さんの歌も「日本の歌」に入っているので説明しながらテープをかけたら、はっきりとわかった顔をしてくれた。「芸術時間」を通して母とつながる。「歌」が与えてくれた時間に感謝している。

近況報告

ヨレヨレになった次の日が気功教室、一日おいてお墓参りをかねて父と長男と豊橋へ。二泊三日だったが寒くてなかなか眠れないほどだった。最近、春は寒暖の差が激しい。母は去年の今頃倒れた。思うのだけど、一箇所に永久に住もうと思ってうちを建てるより日本、いや世界もみて住む所が何箇所かある方がriskが小さいような気がする。

今年の桜の花の色は薄いという噂も。でも綺麗。

今年の桜の花の色は薄いという噂も。でも綺麗。

今は第一次産業が減り、親の職業を子どもが受け継ぐのは困難な時代。親だっていつ転職するかわからない。たか~いお金を払って家を買うより(子どもが小さいうちはいいけれど)どのように家を使うのかもっと考えて住む場所を選べば人生もっと軽やかになるのではないだろうか、と食あたりで脳みそまで軽くなってしまったかもしれない頭で考えた。

子供の成長

友達のお子さんに久し振りに会った。とても成長していて驚かされた。あちこち動き回る、とお母様が嘆かれていたが感受性がとても鋭い。学校でちょっと辛い目にあった様で「おばさんはいつも君の味方だからね。」と言うとそれまでの態度が一変。一緒に行った水族館で何とか私に親切にしようと心を砕いてくれる。ああ、成長したなと嬉しくなり、ここまできちんと育てられたお母様も偉い、と思った。尊敬している方と二回も握手出来たし水族館の生き物達も元気だったし、その後会いに行った母も機嫌が良かったし、本当にいい一日だった。

池袋・サンシャイン国際水族館にて

池袋・サンシャイン国際水族館にて

強風で電車が遅れ本当は握手出来ないはずだったのに、がっかりしていたら突然声をかけられ「私はいいから。」と握手券を頂いた。前に同じテーブルに座ったようで有難いことに私を覚えていて下さった。更に驚いたことに、その方が遠く愛知県豊川の私の従姉弟家族の子供の保育を担当していたことも判明。色々な方に感謝、感心することができた「ご褒美の日」のような一日だった。花粉症を言い訳にたるんでいたこの頃なので、ちょっと面映ゆい。

 

 

 

CPに強いメガネ

長男からいい話を聞いた。CPに強いメガネがあるという。仕事上、パソコンに向かうことが多いのだが、すぐ目が疲れ頭が痛くなるという。私もそうだから、体質的に似てるのかもしれない。ブルーの光線からprotect(保護)するらしい。毎日のようにこのブログのためにパソコンに向かうので、早速買いに走った。今かけているのだが、なかなかいい感じ。今回は文明の利器に感謝。zoffで売ってます。薄い色だと約4000円、濃い色だと5250円。濃い色の方が光線を遮断できるそうです。

向こうに見えるは。。。そう、我らが富士山です。

向こうに見えるは。。。そう、我らが富士山です。

年のせいか、メガネにお世話になることが増えてきた。このメガネ、夏のサングラス、雨で夕暮れ時のメガネ、車を運転する時、劇やコンサートの時、でも普段はまだかけなくてすんでいる。新聞や本を読む時も。見えにくくなってきたな、と思うと近くの菅原道真を祀ってある神社に行って、道真が左遷させられた時彼を慕って動かなくなった、という牛の銅像の目を「良くしてね」とさすると、いつの間にか又はっきり見えるようになっている。本当の話です。

色々なこと

昨日はピアノのクラスコンサート。人数も増え、上手な方もたくさんいて充実した発表会だった。私は前半ずっこけて開き直り、それからはいつも以上に弾くことができた。(と自分を慰める)グランドピアノだと譜面が高くなり、一度見失うとわからなくなる。やはり暗譜が必要だけれど、若い時と違ってなかなか覚えることができない。晩年は音楽漬け、というのも楽しいかも。

中国の大気汚染。これは深刻に迷惑。原因がわかっているなら、これにこそ日本の技術を提供すればいいと思う。日本だって大変な公害を経験しているのだから対策は中国より持っているはず。大きな恩を売る機会なのに。そんなことを考える政治家はいないのかしら。

夕暮れのカフェから街を見る

カフェから夕暮れの街を見る

皆さん、カフェなどである高いスツールにご注意ください。端に座った友達が降りようとして、いつの間にか荷物を入れる籠が横に置かれていて、あっと思っても間に合わず、籠の持ち手の部分に足を引っ掛け大怪我しました。私も足が届かないってちょっと不安だなと思っていました。お大事に。

明日から9日まで修行のためこのサイトはお休みします。そこで気功的に収穫があれば又報告いたします。

時々ドキドキ

時々、勝手に師と思っている方のお話を聞きに行く。不思議な方でお会いする度に人が変わったように見えて、ひどい時は一講座の前半と後半で違う方に見えて「えっ」と思うことがある。けれど、こんなこと言うのは私一人。だから二重に不思議。

冬木立、冬を謳歌

冬木立、冬を謳歌

今日の講座は大変楽しく、何度も笑わせて頂いた。でも印象として何か寂しさというか孤高のようなものを感じた。人をいつも助けている方だけれど権威のあるところからの無理解もあるようで、聞いた私も虚しくなった。でも「控え」の話し。そこの神様まで同じことを思っているわけではなし。驕れる者が久しくないのはいつの時代でも真実。会場で若い友二人に会えた。私より若い上に年よりずっと若くみえて美人。これから当分毎月一回、この三人に会う予定がある。時々ドキドキできるのだ。

沢山の有難う

しばらく、夕暮れの木立シリーズ

しばらく、夕暮れの木立シリーズ

H電気のstaffの方の努力のお陰で、15年近く使って満身創痍の食洗機が、無事使える状態で帰ってきた。かなりの時間を、もう作っていない部品集めに費やしてくれたようだ。「後5年位使えますか?」と聞くと苦笑いして正直に「ちょっと無理かな」といわれてしまった。そうか、最晩年か、でもうちも家族が減っていくのでいなくなってもやっていけるかな、とちょっとしんみり。これからは食洗機用の洗剤の代わりに食器用洗剤で済ませる、ことをしないでちゃんと大切に扱います。

私のHPが刷新されてとても綺麗になった。自画自賛ではなくて一重にWeb designerの先生のお陰。写真、写真と言われてう~ん、やっぱり少し若い頃の写真を、と欲張っているうちに先生が大して美しく写ってない写真をupしてしまった。ま、いいか。また本物に近いのに(???)いれ変えよう。

 

 

忙しい日曜日

今日は息つく暇がないほど忙しい日曜日だった。午前中は先生から言われて固定pageの見直し。お昼のラーメンを作ってピアノを弾いていたら電話があり、夜8時から気功ヒーリングの受け入れを決め、母の所へ行ったら既に食事中で一時間程部屋で待機。その間持っていった服の名前付けと服の整理。帰って猛スピードで夕食の用意。少しの間でもピアノを弾いてから駅に迎えに車を走らせ、これもすごい勢いで気功ヒーリング。

一月ももうすぐ終わり。早い、早過ぎる。

一月ももうすぐ終わり。早い、早過ぎる。

帰られて、電話で埼玉の友達と話をした後気が抜けて、いつも楽しみにしている番組を見忘れる。(涙)今気功のこと始めてよかった。10年後に、この気力と体力が残っている自信は全くない。大分落ち着いてきた母を見ると、何もかも人任せの生活も悪くないかも、と思ってしまう私はきっと少し疲れ気味。

昨日の続きの話

日本庭園の散歩道

日本庭園の散歩道

ところで人生を楽しむ方法は他にもある。自分だけが楽しむのもいいけれど、自分が持っているものを人様のために役立てる、これも幸せの輪が広がりお互いにhappyな気持ちを共有できる。。。。。。つまり気功もそのうちの一つで是非皆さんにも覚えて欲しい、という宣伝でした。一度覚えたら一生役に立つのでreasonableなことこの上ない、と付け加えておきます。

今日は久しぶりに着物でお出かけして、お友達のうちに行った。着付けの復習に行ったのだけれど、話すことは「老後をどうするか」ということばかり。(極めて現実的)那覇はどうも老人ホームが安いので、みんなで行こうか、という話しになった。「でも子供が会いにくるのが遠くて可哀想」とすっかりその気になっている。まだまだ遠い話し。(でもなかったりして)